20250429日誌:居残り勉強

 小学校・中学校と勉強ができなかったので――それは、自分の能力の差ではなく、おおむね「家庭」の教育の差であるということを皮肉にも大学の授業で知った――、居残り学習のようなものをさせられていた記憶がある。みじめだったが、楽しくもあったそれは、どうにも自分の記憶の底にまだあるような気がする。

 生活費をもらえる助成金を全くもらえなかった博士後期課程だったので、がんばって賃労働をして、日銭を稼ぎながら研究をしている。まわりは、それなりのひとがお金をもらいながら研究をしていて、それは当然に勝ち目はないというか、研究が十分にできていないという不全感を抱えたまま二年がたった。それは楽しくもあった、居残り勉強のように。

 春は申請書のシーズンなので、それを思い出してしまう。でも、その居残り勉強も悪いものではなかったと思う。

 高校生の頃、自分で勉強したら良いのだ、と気がついた。それで勝手に、勝手なことをした。それで、自分なりにはよいと思いうる大学に入ることができた――非高卒家庭(非大卒、ではなく)に生まれた人間としては、それは最上級のものだったと思う。それは独学者というものらしい。居残り勉強をしていた私は、いつのまにか独学者になっていたのだ。

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山口和紀