20250810日誌:とはいっても

 雨だ。喫茶店でコーヒーを飲んでいるのだが、雨で出られない。5mmだの4mmだの、いつも競馬の話をしている中年の男性たちが話をしている。常連。

 私の研究テーマはわかりにくいテーマだと思う。だれかが困っているとか、だれかを助けるとか、そういうことでもない。だれかの役に立つものだとは思う。

 それに、それなりに教養を要求するテーマだと思う。そもそも、新左翼と言われてもピンとこないだろうし、なにが「新」なのかもわからないだろう。だから、わかりにくいテーマだと思う。そこでなにが言われたのかを知っている人もほとんどいないだろう。

 1968年はいまから57年前だ。1945年の57年前は1888年である。Wikipediaでみたら、チャイコフスキーの5番の初演があった年だという。そんな離れ具合ですよ。

 ただ、その60年代末から70年代にかけて提起された諸々のことが今日の社会を形作るなにかである、そのことはたしかなことだ。だから大事だとは思っている。そういう意味では戦後史ということになる。

 それでわかりにくさというものは、わかりにくいものなのでそれは仕方がない。なのだが、博士論文の構想発表をいろんな人から面白いと言ってもらえた。それは、ありがたいことだった。ここに書いた通り、分かりにくいテーマなのだ、だが、その分かりにくさは故のあるものでもある、というのか。

 

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山口和紀