私的所有論読書メモ(山口和紀)

□メモ(新20251113〜)

○読みにくさの根源?

 某読書会に参加していて、少し考えたのでメモ。

 自分なりの理解として話をしたこと。賛否ありましょうが、やや直裁に書くとすると。基本的に立岩さんはニューレフト話を伏せて書いている。これが読みにくさを生んでいる。伏せて書いているので、その文脈を知らない人からすると、読めない箇所が出る。ので、わかりにくいということになっていて、しかし、それを説明することも1980年代に「残り香」の中で思考をしようとした(がゆえに、その不全をまっとうに認識したから本書が生まれたと言えるのかもしれないが)立岩さんからすると、やや難しいところもあり、そこにある種のデッドロックがあるようには思われる。

 たとえば、(日本で言われているような)ポストモダニズムなるものも、西洋(あるいはヨーロッパ大陸における)1968年の日本的受容として定義するとすれば、日本の1968年と地続きの知的なあるいは思考の地平としての障害者運動における主張は、まったくの同源なのであって並置されていたとしても違和感が薄い=これは言うまでもなく、あくまでも大ざっぱな説明として。また、それが能力=所有の問題として議論されたことも全く説明不要なことのように思われるが(無論、基本的にニューレフト=1968年が、ではなく=はマルクス主義者である!)、その文脈の記述をスキップしている。 1-3

 しかし、そのことを知らないと、ポストモダニズム(「近代」の超克)と、障害者運動へと話が飛んでいるようにも見える、という仕組みの読みにくさがあるらしい。

 この意識がどこから来るかというと、以下のメモにもあるように立岩さんが1979年に入学した人であったことだと思う。だから、1970年代の後半的意識のもので書かれた物が多く、1970年代初頭頃の意識というのを分解して書いているということが少ない。と、立岩テクスト全体として、思う。このあたりは日本語でかかれているということの問題かもしれない。「西洋」的にはもう少し時代的に近くなり、わかりやすくなるが、日本はその辺の事情が微妙にこじれているので。同源だが、異なる受容のされ方をしたという点で。

「実際このように社会は構成されているのだから、これは全く正当な指摘であり、この社会の構成の基本的なことを問題にしたのだから、根底的な指摘だった。しかし、その提起は結局どうなったのか。それは根底的であるがゆえに、行く場の見つけにくい提起でもあった。」(文庫版=p.27=1-3)

〇20250412

  • 「「有利さ」がどこまで言えるのか」([3]75)に対して、条件が満たされている場合([3]76)において、「私的所有を認めることは生産の像だに有利に働く」([3]84)とあるから、「有利さ」とは(おそらくは全体としての/機能的な)生産の増大に対する「私的所有を認めること」の「有利さ」であると読める。また、ここで「受け取り」の多寡の問題も、条件③(出し惜しみ可能であること)によって問題ないとされる([3]85-86)。
    • ただ、③の条件がない場合(他者に与えられているものがない場合)に、「出し惜しみしようにもしようがない」ものであって、(③の条件がない場合)ゆえに「生きられないことになる」([3]92)。立岩さんが言いたそうなところは、このポイントにありそう。
      • ただ、〈材料〉と〈行為〉がここでも混同していそうな感じはする。③は、a1の投下によるa2の生産をAがそのコントロール下に置いている、コントロールしているということを指しているわけだから、③は「条件」であり「行為」でもあるが、それは質と量(あるいは有無)が所与のものとして状態が規定されてしまうことと直接的に結び付けられるのはなぜ?
      • ⇒立岩は、③の条件がない場合を直接的に「資源の有無そして良・質が既に決定されている、所与として与えられている場合、つまり③の条件が成立しない場合」としている。資源が所与の有無/質量の状態に規定されていることと、③の〈条件〉がない場合を直接的に結びつけるというのが理解できない。
      • 図2.7のハナシが前提としている「身体」や「力能」が本来その者のものかどうかという理屈を回避すること、を否定するために、暫定的におかれたのが図2.7であり、結論から出てきた図な気はする。とくに③の条件の有無というものから、図2.7が逆に生成されているような感じは直感的にはする。
  • 資源=a1で、行為=a2は、明示的に言及されているが、「行為=a2」をAによる自己所有がなされうる「製品」と置くと、製品=行為=a2となる? 少なくとも[3]48-59のあたりでは、明示的に「行為=a2」としているので、「製品」が生じるとすると、a3が出てこないと理解しにくい気はする。a1=資源、a2=行為、a3=a1に対するa2によって生じた産物=製品、とあれば理解はしやすいが、a1(資源)/a2(行為・生産物)という感じで説明しているため大変ややこしい。
    • あるいはここで立岩は、「製品」や「生産物」という問題は図2.7に収めておらず、a2=行為の前提を貫いている? すなわち、「製品」は図2.7には含まれていない。文に即すると、「製品」が図2.7に含まれていないと解するほうが自然には思える。AがBに対して与えるもの、は図2.7には含まれているが、それは「行為」であって、「製品」ではないと解するほうが自然か。
    • bはBさんによる「行為」と考える?

□20250210分のメモ

日誌のほうにあったやつをコピーしただけです・・・。ほとんど意味なし。⇒ /archives/1427

1-2-1(4-7)
とくに指摘すべき事項なし。そのまま。

1-2-1(8-18)
主題の提示、あるいはその位置についての感覚を述べている

1-2-1(19-28)
その主題を検討する方法を述べている。
既存の理論的道具には頼らない、と言っている。

1-2-1(29-43,33-43)
生命倫理学は思考の材料として「使える」としている。ただし、それに「依る」ものではないと明示している。

ここまではかなりわかりやすい文構造になっているようは気はする。1-2-2からけっこう難しくなるので明日考えよう。

—-新読書会の前にメモしていたこと。きほんはそのまま残そうと思う=20250113—-

□メモ

以下は、山口によるメモです。

  • 「1970年代頃に示された問い」(p.27)は、明確に障害者運動における問いを指しているように思える。
  • 「…という近代社会の基本的な原則であり価値とされているものとは別の価値を現に人は有している、そうとしか考えられない」(p.33)における「人」とは、非西洋的(ナショナルな日本人・・・)「人」を意味しているのだろうか。あるいは、「近代的」人と「人」の乖離を見ているのだろうか。
  • 「問いについての歴史」(p.47~)の歴史観。立岩の歴史観は自分にとってはかなり身近な、理解しうるものだが、どういう評価がありうるか。1970年代後半に立岩が大学に入ったこと、その環境とかなり密接した歴史観のようにも思える(セクト的対立の中での学問、障害者運動におけるセクトとその「教条」と結びついた学問体系 ex. 発達保障論/その逆も)。
    • 立岩さんが言っていた「考えるのをやめてしまった同じ世代、上の世代」というのもここらへんなのかなという感じが。

第二章

—–目次—–

■20私的所有の無根拠と根拠
  ■21所有という問題
   ■11自己決定の手前にある問題 ■12私的所有という規則
  ■22自己制御→自己所有の論理
   ■21自己制御→自己所有の論理 ■22批判 ■23「自由」は何も言わない
  ■23効果による正当化
   ■31利益1) ■32利益2) ■33「共有地の悲劇」?
  ■24正当化の不可能性
   ■41サバイバル・ロッタリー ■42正当化の不可能性

http://www.arsvi.com/ts/1997b1t.htm

———-

  • 生産・制御->所有とは必ずしもならない。それは行き止まりの規範、信念である、という話が、2章の根幹。
    • ここまでは分かるとして、自己の身体の所有自体が疑わしいのであれば、生産・制御->所有そのものの疑わしいということまでも分かるとして、「->」の部分がいまいちよくわからない感じが。
      • ①->②の図式でわかる
  • 「近代的所有権」の特徴
    • 市場/共同体-> 個人 というのが基礎にある cf. 安富の議論
    • 「たとえばマルクス経済学は抽象的な近代的個人を前提し、人と人との関係が物と物との関係に翻訳され、冷徹な市場原理が貫徹するものと考えている。また、このような資本主義の罪悪を乗り越えるために、理性による計画制御を提唱するが、これは計算不可能性の問題をさらに悪化させる措置である」(安冨歩 2006 『複雑さを生きる』,p.181)
  • 「例えば、貢献に応じた配分という原理を取らないなら、予期→行為という連関がうまく作動せず、必要な行為が必要なだけ調達されないだろうと考える」(p.45=ハードカバー版)
    • 確かにと思った。
    • 配分が貢献に応じないなら、必要な行為が必要なだけ調達されない、かどうかは分からない。が、貢献に配分が応じることがないなら、少なくとも予期→行為という連関は起きないか。
    • 貢献に応じた配分、が正当化される限りにおいて、市場が生起するか?という疑問。ある範囲内における生産物がある範囲内に平等に分配されるとして、それは市場の形成を阻むのか。市場と共同体が重なり合う(ギアツ->n,安富歩,小川さやか・・・)場においては、貢献に応じた配分が必ずしも正当化されないのか。頭の整理が必要そう。
  • ①ー>②の図と、機能主義の違い・・・。
  • 「以上のような場合に、私的所有を認めることは生産の増大に有利に働く」(p.47=同)
  • 「…そしてこれまでの検討からそれがうまく作動しない場面があることが明らかである以上、もはや、私的所有の制度が特権的に維持されるべきだという主張をすることはできず、このシステムは相対的な位置を与えらえるに過ぎないということである」(p.49=同)
  • 「あるいは商品化を批判する人が主張する「自己決定」とは、ここまで見てきたような自己決定でないどのような「自己決定」なのか。」(p.111)
    • そもそも、「商品化」あるいは疎外を克服するための方法が自己決定にあるという論理自体がおかしい気がする(が、そこは立岩が言っているものではない)。というのが私の考え方だが、そこに通底するような。
  • サバイバルロッタリー->http://www.arsvi.com/d/l06.htm
  • ーー市場/共同体ーー
    ーーーーー個人ーーーーー
    ということ自体が成り立ってない。ならば?
  • 私的所有は、機能的に正当化しうる条件はあるが、私的所有の原理そのものは正当化されない。

第三章

ーーーーー

■30批判はどこまで行けているか
  ■31自己決定の条件
   ■11批判を検討する ■12決定のための情報 ■13自己決定ではないとする批判
   ■14他者(達)の侵害/パターナリズム
  ■32公平という視点
   ■21何が問題にされているか ■22富者しか利用できない?
   ■23貧しい者が搾取される?
  ■33 交換と贈与について
   ■31交換と贈与 ■32本源性の破壊?

引用:http://www.arsvi.com/ts/1997b1t.htm

ーーーーー

  • ①強制
    • それは問題になる。
  • ②微妙な場合(例えば、「社会」や「役割」が女性に子を産むことを、構造的に求める、とすくなくとも当人が感じる/感じずにそのようになる場合)
    • それは「役割」か「自己決定」か。しかし、その背後には・・・、という無限後退。
  • ③選択・行為が「自由意志に」よらなくてはならないとするならば、その範囲は狭くなる。
  • このあたりは、割と単純な図式。というよりも、この章は割とストレートに。
  • 自己決定⇒自己所有という図式では、代理母/生殖技術/そのほかへの・・・抵抗の原理を導けない。
    • ある行為に対する私的所有の原理による否定・批判(たとえば、インフォームドコンセントの自己決定性への懐疑)ではないところから、ある事柄への批判を導き出すという感覚についての章という感じ。

以下は山口発読書会MLメールの一部:

私はまず単純に「批判」は、生殖技術etc・・・に対する「批判」と読みました。
そのうえで、この章のテーゼ?は「生殖技術etc・・・に対する私的所有原理からの批判は行けていないーーすくなくともこれらの批判に対する検討から十分でないことはたしかだ」だと思いました。

それはしかし、その検討を通して、私的所有原理そのものへの批判(限界あるいは行けてなさの指摘として)にもなっているので、直接的には②=〇〇(例えば生殖技術)に対する批判の私的所有原理に基づく行けてなさへの指摘だが、①=私的所有原理そのものへの批判も内包しているという読みがよいのかなと。

本に関わらないメモ

  • 立岩さんはあまりセクトどうしの対立については書いていないか。セクト/ノンセクトの対立を描くことはしている。
  • 以下は安冨2010『経済学の船出』からの引用。
    ——
    しかし、網野の無縁論の根幹は、日本的二項対立の探求にあるのではない。「問題はこうした背理そのもの――「無縁」「無主」の原理によって、「有主」、私的所有の世界がはじめて成り立ち、それを媒介として発展するという矛盾そのものにある」という文に端的に表現されているように、「有縁」と「無縁」とが矛盾を孕んだ相互依存の中で発展する関係にある、という点にある。つまり、一見すると二項対立に見える両者の、相互依存発展を「無縁」は主張している(網野 一九九六、一七五頁)
    ——

    生産⇒私的所有関係を断ち切ることができる自由、というものを想定するとどうなるか?

□人

□年表

1979-立岩・文三入学

■文献

「時間を七九年・八〇年に戻す。教養学部の時、私は『黄河沙』というミニコミ誌を作る「時代錯誤社」というサークルにいて、今はつぶされてなくなってしまった駒場寮という汚い建物で雑誌を作っていた。ジョン・レノンが撃たれて死んだニュースはそこで聞いた。そのサークル自体はとくに「政治的」な傾きのあるところではなかったのだが、それでもいろいろに首を突っ込んでいる人もいた。さっき名前を出した人たちが出入りしていたし、そういう人たちとつきあいのある人たちが作ったサークルだった。私が学校に入る前年に創刊号が出た。今でもまだこの雑誌は続いているらしい。そのサークルが学園祭で講演会の企画を立てた。一つは政治家になってまもない、まだそう知られていない時期の管直人の講演会。私はそちらにはほとんど関わらず、もう一つの方の担当になった。」
立岩 真也 20071110 「もらったものについて・1」,『そよ風のように街に出よう』75:32-36
http://www.arsvi.com/ts/2007052.htm

セクトとその思想

「■左翼における争い

 こうして、社会運動から離脱した人たちによって支援されてきたという一面をもちながら、その運動自体が、障害者たちの運動たちとの関わりを作り、また障害に関わる思考を促した。
 左翼の運動のあり様は国によって違う。日本では現在は存在しない社会党が左翼の大きな勢力だったが、共産党も一定の勢力を占めてきた。その事情は略すが、前面に現れるのは1960年から、これらの政党、とくに革命の正統な主体を称してきた共産党を批判する勢力が「新左翼」を称し、大学等で一定の勢力を得ることになる。それは、1960年代中盤の停滞の後、1960年代末から1970年代初頭の社会運動において、自らの運動を展開しようとした。
 同時に、この時代の運動には特定の党派に属さない人たち、政治的信条も様々な、あるいはその信条の定まらない人たちも関わっていた。「全共闘」(「全学共闘会議」の略)の運動はそうした「ノンセクト(ラディカル)」の人たちのものだともされるが、そう単純ではない。無党派の人たちに様々な党派がが入り交じって複雑な様相を呈するのだが、それと同時に、共産党・対・その他という図式ははっきりとあった。それは日本全体から見れば――共産党自体が小さな勢力であったし、あるのだから――小さな対立ではあったのだが、当時の文脈では、大きな意味をもっていた。
 全共闘・新左翼諸党派は、その闘争・紛争を起こした側であり、拡大していった側である。他方、共産党やそれと関わりをもつ学生組織は、大学改革・教育改革を主張しつつ、大学の入学試験が中止になるなどの混乱した事態を「正常化」させる方に動いた。その間に主導権争いなど様々があった。
 何を争っていたのか。ここでは世界情勢の認識や運動の戦略を巡る違いにふれることはしない。一つに言えることは、大学や学問は、当時、今より「革新」の側につく部分が大きかったことを押さえておく必要がある。例えば、現在ほぼ消え失せたように見える「マルクス経済学」は、当時「近代経済学」と並び立って存在していた。また、共産党やそれと関係をもつ組織の、福祉や医療や(特殊)教育の業界とのつながりは、すくなくともかつて、かなり強いものがあった。学校の教員や福祉施設の職員等、それらの職業に従事する人たちには、社会の不正に対する憤り、「弱者」に対する共感からその職を選んだ人も多くいた。次に、その費用を供給するのは基本的に政府である。ゆえに、政権に近い政党との関係を形成し維持しようとする場合もあるのだが、他方に、政府の支出が少なく施策が不十分であることを批判する側にまわる人たちもいて、それらは労働組合運動とつながり革新政党と関係をもった。その一部は、共産党がこの領域に力を入れたこともあり、共産党系の組織だった。また、障害者の親たちの運動が障害者の要求を代表するものとして存在した時期、親たちの組織もまたこの組織と関係した。社会保障・社会福祉関係の学問・教育にも相当の影響力をもった★06。」
立岩 真也 2010 「障害者運動/学於日本・2――人々」,http://www.arsvi.com/ts/20100092.htm

Comments

Leave a quiet comment

山口和紀