以下、山口による読書メモ
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24節=言論と活動における行為者の暴露(p.286~)
「他者性」⇒存在する一切がもっている「質」のこと
「行為」⇒なんらかを人間世界の中に「挿入」すること(p.288)
活動が行為者の暴露によって支えられている?(p.293)
25節=関係の網の目と演じられる役割(p.294~)
蝕知できない「網の目」(p.296~)
Cf. ミメーシスに関する議論
https://ci.nii.ac.jp/naid/500001066271?l=en
『全体主義と大衆 : フランクフルト学派・アーレント・エリアス』 小林, 裕一郎 広島国際学院大学=Hiroshima Kokusai Gakuin University 2016 甲現社学第4号 博士(社会学)
ある種のユニークネスを網の目の開示するということが、何らかの行為として扱われている感じがある。
アウグスティヌスを底本にしている?
26節=人間事象のもろさ
27節=ギリシア人の解決
疑問:
基本的にはある種の大乗仏教的な思想に見える。ただ、唯一性のようなものがある。唯一性は、ある種のイデアのようなものなのか?あるいは、あくまでも事後的に生じるものなのか。つまり、唯一性のポイエーシスとして、ウェブの中になにかが生じるということなのか、なんらかのポイエーシスの結果が唯一性という形で事後的に生じるのか?
立法はある種のミメーシス的なものであり、活動はそれとは区別されているみたい。
メモ:
モノにはイデア的なものを適用し、ヒトには適用しないことによって、人間へ疎外を避ける方針?
投稿日:2024/11/25
修正日:2024/11/25