20250731日誌:かもしれない

 私の研究は、「差別」という問題が、問題だとされていく過程の研究ということになるのかもしれない。

 言ってしまうとする、ならば、社会運動において差別の問題が本格的に導入されるのは20世紀末のことだ。新左翼に関して言えば、やはり70年代を通してということになる。もちろん、そうかんたんにもいえない。

 ただ、わたしはそう見たときに、70年代においていかにして差別問題が社会的な問題となったのか、を扱っている。

 もちろんそれは、今日の差別問題というものに、つながっている。

 

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山口和紀