20250920日誌:ファミレス

 ファミレスは、どこも似たようなものだなと思う。でも、似ているから良いという部分もある。一緒にしようとして頑張るけれども、やはり一緒にはならないわけであって、その事が大事なのだと思う。

 22時。22時くらいまでグダグダファミレスで友達とくだを巻くのが人生で一番楽しいことだとも思う。そんなことを大人になってもできたらよいのだろうけど、大学生以降あまりそういうこともなくなってしまっている。コロナもあるかもしれない。

 まあ、有り体にいって、オジサン。オジサンが3人集まって喋る。誰が具合悪いとか、誰が誰に怒ってるとか、そんな話だ。そんな話でよいのだとも言える。

 レシートの上に紙幣を置いている。いや、おれがここは多めに出すよ、云々。一人がレシートと何枚かの紙幣を持って立つ。一人はトイレに行く。一人はそのまま、外に出てしまう。たばこだ。

 ラーメンの深いお椀が3つ残る。箸が2本、おわんにのっている。引かれたままの椅子も残る。22時、フリー素材みたいな、しかし質感のあるようにも聞こえる音楽が、うっすらと流れている。少しオレンジがかった光。集団の笑い声。何を言っているかわかりそうで分からない。難しい話をしていそうなことは分かる。退店のチャイムが鳴る。「ありがとうございましたー」、けだるそうだけれども、やる気も感じられるような声が残る。

 急に、スープバーが気になってしまう。

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山口和紀