20251203日誌:えっと

 えっと、昨日の日誌で、オチのない話を書くと書いた。それで、エックスを見ていたら福尾匠さんが本を書くと書いていて、その内容が貼ってあった。「日記哲学草稿」と題されていた。

https://tfukuo.com/2025/12/02/1-8/

 そこで、イベントレスネスということを福尾さんが書いていて、オチのない話=イベントレスネスだと思った。いや違うかもしれない。オチがないのと、イベントがないのは違うか。でも、似たようなものかも知れない。

 それでわたしも、オチもイベントもないことが書きたい。

 例えばコードで考えてみるとして、Ⅰ→Ⅳ→Ⅴ→Ⅰと進めば、明らかにここにはオチがある。だけれども、Ⅰ→Ⅳ→Ⅴ→Ⅱmに進んでもいいというか。でも、そうだな、これでもやっぱり進んでいるところに進んでいる気がする。だとしたら、イベントはあるな。ダイアトニックで考えるのをやめたら良いのかも知れない。そういうのが一つ思ったりした。

 うーん。まあ、Ⅴまできたら、Ⅰには行きたくなる。だとしたら、ⅤとかⅠトカ意識するのをやめる?そのほうがいいのかな。いいのかもしれないけど、ピンクの象じゃないけど、意識しないでくださいと言われたら普通意識するわけで、意識しないというわけにもいかない。

 で、今日も、はなまるうどんに来た。はなまるうどんの良いところは、微妙に、麺が伸びてるときと角が立ってるときがあること。私は詰まってるときに行かないので、こう、回転がうまくいってない時に食べがちでそういう時にそうなるんだと思う。その感じは好きです。

 で、という接続詞を堂々と使えるようになった。もう、で、でいいやと思った。もっと小学生みたいな言葉づかいで日記を書きたい。これもダイアトニック話だな。

 ペイペイで支払いした後に、定員さんと目が合うことあって、気まずいときありますよね。

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山口和紀