20260312日誌:しばらく社会人を

■しばらく社会人を 

 しばらく社会人をやりながら、半分趣味でというか、半分趣味・半分本気で博士課程に行くのはどうか、と人に言った。それで、いいね、ということで、考えてくれているようで、そんなことを真に受けなくてよいのだが、どういうことをしながら働くとよいか、と聞かれた。

 立岩さんは、いまどき教員になるより、研究とは別の生業をもって、研究は土日にやったほうが進む、みたいなことを言っていた。それも頭にあった。わたしもまあなんとか生計を成立させながら博士課程をやっているわけで、それもある。つまり、本気で博士課程に進めばとにかく世知辛い諸々を真正面から突破せねばならないが、自分の足場を作って、そこから博士論文を書きに来るということで言えば、時間はかかるかもしれないが、悪い人生の使い方ではないだろうと思ったのである。

 それで、質問のこと。そんなことは私にはわからないのだが、どうするとよいのだろうか。まずはどういう分野でやっていきたいか考えるのがいいのかも知れない、そういう普通の回答が一つ。

■普通ではない方の回答

 それとは別にわたしはこういう本に影響を受けている、と思う。

立岩真也2011「人間の条件―そんなものない (よりみちパン! セ)」,イースト・プレス

 この本はとにかく読むと元気が出る。書こうと思う。書ける、と思わせる本。立岩さんの本は、たぶん立岩さんの声というか図体を知っていたら読みやすいのだと思う。私は知っていて、この本を読むと立岩真也がどういう風に言ってるのかイメージがつく。

 そんなことはどうでもよいのだが、とにかく読むといいと思う。だいじなことも書いてある。ただ、こうやって物事を考えてよいのだな、と思う本で、そういう意味で読むといいと思う。書かれていることは、結構難しい事が書いてある。そこは半分飛ばしてよい。

◯保坂和志 2008 「書きあぐねている人のための小説入門」,中央公論新社

 保坂さんの本。この本にも影響を受けていると思った。千葉さんが、保坂さんを読めと言っていて、保坂さんのこの本を読んだような気がする。私は立岩真也を知っているので、保坂さんにそんなに驚かなかったと思う。

 ただ、立岩真也にはない勇気みたいなものを、立岩さんは学者であるのだし当たり前かもしれないが、その思い切りみたいなのを保坂さんからもらったような気がする。

 あとは千葉先生のツイッター。私は先生たちのツイッターに多くを学んだと思う。大学院に進学するメリットというのは、いろんな学者が、それもとてもとても仕事をする学者たちが、どうやって仕事をしているのかを見ることができることだと思う。ほかのところでもたぶんそうなのだと思われる。これが本当に、なんというか、財産になったと感じる。立岩さんがどうやって仕事をしているのかを見ることができたことも、これもまたなんと言うのか、僥倖としか言いようのないことであったかも知れない。立岩真也のところに障害者運動史を学びに来たが、立岩式仕事術を学ぶことになった。

■どうすればよいか

 勉強は勉強でしないといけないのだろうし、したらよいというのか、すればできる。それとは別になにかこう勇気みたいなものを蓄えておくのがよいと思う。

 わたしにとって勇気をもらったのは、まず明らかに立岩真也であり、保坂さんであり、千葉さんであるように思う。

 それで別に博士課程に進学する必要はないといえばないのだが、だが、物事を書くという環境としてはよいと思う。書かないといけないのだし、書けばそれなりになにかアドバイスがもらえるのだし、もしかしたら学費は免除してもらえるかも知れない。よい仕事をすればそれで長いスパンで評価もされるだろう。

■日記

 日記とかつけたら良いのか、と書いてあった。すみませんが、それは私には正直よくわからない。私は日誌というものをつけていて、まさにこれなのだが、日誌はよい。

 ただ、研究のためのというか、フィールドワークみたいなものとして日記をつけるべきかどうかはわたしはよくわからない。そういうことをしたことがないので。

 したことがあるのはこの日誌で。日誌は、スケッチみたいなもの。スケッチ描くときに、最初パースとか陰影とか全く1ミリも知らず描いていて、あー影を描けばよいのか、とおもったり、消失点なるものがあるのか!アイレベルなるものがあり消失点はこの線上に来るのか!などと思うわけだ。つまり、描くことでどうやって描くのかを学び、そして見えるようになる。日誌の効用も似たようなものではないかと思う。 日誌を書くことで、書き方自体が変化するわけで、それが大事なのではないかと思った。

 だから日記を書くべきかどうかと言われると私はよくわからず、しかし、私は日誌というかたちでこうやっていろいろ書いていて、それでそれは確かに効果があるし、書ける範囲が明らかに広がっている感覚がある。

 ということだろうか。質問への回答になっていないのだが。

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山口和紀