■資料

「「クソデカ感情」は、非常に重い愛を総じた用語。
「クソ」は「非常に」「とても」を、「デカ」は「大きい」を、そして「感情」は「愛」をそれぞれ意味する。
ここでの愛は、恋愛感情に限らない。友愛、忠誠、親愛、憧れなど、幅広い愛を指す。完全な主観言葉である。
ヤンデレ的な「病んだ」あるいは「独占欲が強い」といったネガティブな愛に向けて用いられることが多い。」

クソデカ感情(くそでかかんじょう) - numan

「「クソデカ感情」も「エモ」も、感情表現としては凄く便利なんですよね。好きでも嫌いでも言い表せない未知の感情、巨大な感情。自分が持ったその感情に名前がない、あるいは名前をつけられない、はたまた適切な言葉が見つからない。

そんな時に便利なのが「エモい」だとか「クソデカ感情」だったりするんですかね

私は「エモい」も「シュール」も同じ軸だと考えています。ただ、「クソデカ感情」とやらは今ひとつ持った経験がありません。かもしれない。あるだけで忘れてるかもしれないが。一番その状態に近かったこと、状況に出くわし、自分の中で湧いて出てきたその感情が、一体何なのかわからなくなった、パニックになった。そんな状況。一番近いのは、映画「たまこラブストーリー」を見終わったあの時でしょうか。あーすげぇなぁ、やべぇなぁ、たまらねぇなぁみたいなことをずっと考えていました。まさにあの状況で、自分の中にあった感情は「クソデカ」と呼ぶに相応しいものだったかもしれません。でも今は「尊い」という言葉が一番適切なように思われる」

Twitter(slsweep0775)ではとても書きづらいと思ったことを …

「 初投稿記事のタイトルに『クソデカ感情』なるワードを用いた。ノリで用いただけでどんな意味なのかよくわかっていないのだけど、今回はそれに連なる話。
 『推し』『尊い』『エモい』。これらの言葉は自分にとって、Twitterで知った言葉である──または、「よく使われている言葉であること」を知った、かな。ネットスラングというものだろうか? それとも、単に私が人とのかかわりが希薄だから、Twitterを始めるまでこれらの言葉に触れる機会がなかっただけかもしれない。目や耳にはしていたけど言葉として強く認識していなかった、というのが一番ありそうだが。そんなこれらの言葉は、個人的に、他者が使っている分には構わないけど、自分が使うことには抵抗がある。少なくとも現在は。⋯⋯何だろう。そういう所で自分を出したい、個性を出したいと思っている訳では多分なくて(ところで、自分の個性って、出さない方が良いとされるケースも多いようである。自分の個性とやらが別段個性的でないケースと同じくらいには)、だけど朱に交わって赤になりたくない、みたいなくだらない抵抗感はあるのかもしれない。それは「クラスで一人ぼっち」というアイデンティティを守ろうとしている感覚に近いのかな。」

『推し』とか『尊い』とか『エモい』とかの話

投稿日:2022/06/06

修正日:2022/06/06