「 でも、ラカンのジョイスについての有名な議論は、臨床よりは批評とか卒論とかに応用がききそうだから、ここで簡単に紹介しておこう。
かつてジェームス・ジョイスというアイルランド出身の小説家がいた。みんなも読んだことはなくとも、名前くらいは聞いたことがあるよね。人によっては20世紀最大の小説家とも言うこの天才は、『ユリシーズ』や『フィネガンズ・ウェイク』といった傑作を残したことで知られている。
ジョイスの小説では、あまりたいした事件は起こらない。1922年に出版された代表作『ユリシーズ』は、ジョイスの世界的な名声を決定的なものにした古典的傑作だけど、この小説は要するに、主人公レオポルド・ブルームの一日の行動を描いただけの作品だ。つまり、ブルームが朝ごはんを食べ、葬式に出てから仕事先へ行き、昼食をとり、酒場に寄ってから帰宅し、奥さんと愛しあうという、何の変哲もない一日の出来事が描写される。その手法としての「意識の流れ」はあまりにも有名だ。簡単に言えば、ジョイスはこの作品で、物語の筋や出来事について描くという小説のあり方を決定的なまでに変えてしまったんだね。彼はむしろ、描写の技術や特異な文体を作りあげることで、まさに純粋な「小説という出来事」を作り出してしまったわけだ。」
——生き延びるためのラカン
「ジェイムズ・ジョイス。奇作「フィネガンズ・ウェイク」で後世に名を残すアイルランドが生んだ特異な小説家である。
ジョイスの作品「若い芸術家の肖像」において、主人公(おそらく若き日のジョイス)は敬愛するバイロンの評価をめぐって友人たちと口論になり暴行を受けるが、友人たちへの憎しみの感情が湧かず「まるで果実の熟したやわらかい皮をむくみたいに、あの唐突な怒りをあっさり剥ぎ取ってしまったように感じた」と書いている。
つまりジョイスは、自身の身体イメージに関わりを持っていない。ジョイスは明確な発病を示さない特殊な統合失調症であったと言われる。アルコール依存症のジョイスの父親は象徴的父親の役割を果たしていなかった。こうして〈父の名〉の排除の結果、ボロメオの環においては想像界の輪が他の輪と絡み合っていないということである。」
——サントーム
投稿日:2022/07/04
修正日:2022/07/04