概要

 雑司ヶ谷闘争とは、1972年11月上旬に東京教育大学付属盲学校(現・筑波大学付属視覚特別支援学校。雑司ヶ谷は所在地から)で行われた学園紛争のことである。
 専攻科生を中心とした「全共闘」が学校に要求を突きつけ、高等部が使っていた校舎がロックダウンされるに至った。 それに反発する形で、高等部の学生らがスト破りを決行し、数日間にわたる自主討論が行われた。
 雑司ヶ谷闘争において専攻科生が焦点としたのは、同校の教育過程の中で「三療(針、灸、按摩)による自立」が謳われているが、実際に三療で自立することの難しさに学校側が向き合わず、自立の道筋が「三療」以外には示されていないという点であったという。

注記:筑波大学付属盲は、幼稚部(未就学児に対する教育)、小学部、中学部、高等部、高等部専攻科(現在は音楽科、針灸手技療法科、理学療法科が設置されている)で構成されている。

解説

 雑司ヶ谷闘争の中心人物に大橋由昌が居る。

メモ:

投稿日:2022/03/29

修正日:2022/03/29 -> 2022/03/30