要約
現代日本の精神医療の特徴は、国際標準から逸脱した精神科病床数の多さおよび平均入院期間の長さにある。精神科病床数の削減は精神医療分野における主たる政策課題として認識されておりその重要性は高いものの、なぜこうした構造が歴史的に形成されてきたのかという点は十分な検討がなされてこなかった。本研究の目的は、戦後日本においてこうした特徴を持つ精神医療供給が形成された構造的要因を検討し、新しい史的パースペクティブを提示することである。
研究の手法は文献調査である。その調査対象は20世紀初頭から1980年頃までの行政文書、診療録、疫学調査個票などの精神科入院にかかわる一次資料である。分析の観点として、本研究は精神病床入院の3類型という理論的分析枠組みを導入する。これは精神病床入院が担ってきた社会防衛・治療・社会福祉という機能を、医療費支払い区分である特別法・私費/社会保険・公的扶助に対応させたものである。
結果を時系列順に述べる。20世紀前半期における精神病床入院は社会防衛型の入院機能を果たしていた。これに続く1950年代半ばから1980年代は、日本の精神病床・精神科入院の特徴である大規模病床数と長期在院傾向が形成された時期であるが、この流れは家族による入院同意を経由した社会福祉型の入院によるものであった。1980年代以降では、社会防衛型入院がほとんどなくなり、治療型入院が主流化、社会福祉型が定位に安定していた。
これらの考察として、戦後日本における膨大な精神科入院は、世帯から精神障害の患者を排出しようとする傾向性が、現実的な結果として現れたものであると言いうる。それは家族に対して長期にわたるケア義務やスティグマから解放し、家族の維持を測るという含意があったと考えられる。長期入院が家族にとっての救済になるという側面を考慮すれば、単に世帯でのケアをサポートするという形での病床削減はリスキーであり、社会福祉型病床機能が地域によって代替される必要がある。(831文字)
文献メモ
後藤 基行『日本の精神科入院の歴史構造-社会防衛・治療・社会福祉』 東京大学出版会 2019年1月
投稿日:2022/04/18
修正日:2022/04/18