■覚書

ーーー以下は覚書 20230716——

 障害学生支援の形成期に(それは介助制度の形成と重なり合っているが)就学上の支援は「学校」が出し、生活上の支援は「行政」が出すという形が取られた。そのときにできた「はざま」を埋めるための事業として「重度訪問介護の大学修学支援事業」ができた。

 という風に見てよいと思うが、見てよいかどうか。

 見てよいとして、就学上の支援は「学校」が出すという制度的規範が正しいか――というより根拠があるか――どうか。そうだと言える部分もあるが、そうでないと言えそうな部分もある。

 そうだと言えそうなのは、身体障害者の介助。例えば、ノートテイク。1対1でやるから? ただ、1対1でやるから、学校が負担すべきなのだというのは成り立っていないか。

 逆に、1対多でありうるもの。例えば、文字通訳。これは、皆にとって有益である。とすると?皆にとって有益であるから、学校の分掌範囲でないと言えるか?言えないとしても、皆にとって有益であるから学校の分掌範囲だと規範的に主張しうるか。

cf.
『生の技法』のこのあたりの議論

第8章 私が決め、社会が支える、のを当事者が支える――介助システム論  立岩真也 354-413
     1  この社会の編成 
     2  自己責任/社会的義務 
     3  家族
     4  自発的な行為
     5  有償ということ 
     6  諸制度
     7  結論

◇文庫版:安積純子・尾中文哉・岡原正幸・立岩真也 2012/12/25 生活書院・文庫版,666p.

投稿日:2023/07/16

修正日:2023/07/16