このページは「68年と現代」研究会のためのメモ等を置いておくページです。
研究会メンバー随時募集。とくに要件なし。なにも求めません。やりたいことがあったらやってください。
■日程
①未定 津村喬・酒井隆史「一九六八年と「事後の生(afterlives)」──津村喬『横議横行論』によせて」
⇒レジュメ
■課題図書案
◎日本の68年関係
- 絓秀実 2006 『1968年』,ちくま新書
- 酒井隆史 2023 『賢人と奴隷とバカ』,亞紀書房
- とくに同書所収ー「一九六八年と「事後の生(afterlives)」──津村喬『横議横行論』によせて」
- 同書から引用:
「すなわち、一九七〇年代を、一九六八年代という出来事の衝撃波のもとでの、あたらしい論理や習慣の浸透、分岐、発展、そして、反動、回収、抑圧の抗争する渦巻きのようなものとみなしたいのである。いま津村喬を読むということは、その抗争の渦巻きを探査した痕跡をふり返ることである。」(p.112)
- 津村喬 1970 『われらの内なる差別』,三一書房
- 絓編の『津村喬精選評論集』の冒頭に「われらの内なる差別」からの翻刻があるので、絓の解説と合わせてそれを読むのがよいと思う。
20250422
”読みやすさ”やメンバー関心からして、「一九六八年と「事後の生(afterlives)」──津村喬『横議横行論』によせて」を読むのがよいのではないかと思う。
◎思想と68年関係
⇒なにか推薦図書があれば教えてください→メンバー各位
■研究会実施にあたって考えたこと
記:20250422
スケジュールを考えてみる。まず、院生プロジェクトに応募する必要は特にないと思うので、申請はしないことにしたい。すくなくとも今年は、なにか人を招いて講演をしてもらう労力を私が捻出することはたぶんできないので。しかし、私がおそらく忙しくてできないということであって、やる気がある人がいるなら、出してもよいとは思います⇒メンバー各位。
とりあえず、(プレ)勉強会と読書会をしたほうが良いと思う。
プレ勉強会はそもそも「68年」なるものがなにを含意しているのかをわからない人向け。するとして、しかし、なにを読むべきなのか・・・。
本読書会は「「一九六八年と「事後の生(afterlives)」──津村喬『横議横行論』によせて」」(酒井隆史)からまず始めたい。関心がなければスキップしてもよいと思う。そのあとに何を読むのかは検討。
記:20250423
とりあえず先端研の院生に声かけたらいい気がするので、そうしたい。ただし、基本的に誰でも構わない。
開催の方法とか細かいところはまた考えたらいいと思う。これである程度、決めるところは勝手に決めた。MLを作ることにする。⇒1968-to-gendai@googlegroups.com
記:20250424〜 68年とはなにか
68年とはなにか。
68年とはなにか、と問われればやはり難しい。簡単ではないと思う。アメリカにおいてはスチューデント・パワーや公民権運動であっただろうし、フランスにおいてはパリ五月革命であったのだろうし、日本においては全共闘運動、学生運動であったのだろう。それらをくくることは簡単ではないし、くくってしまうことの問題も我々はすでに知っている。
日本の文脈だけを言うとしても、では共産党とはなにか、教条的マルクス主義とはなにか、セクトとはなにか、ノンセクトとはなにか、パルチザンとはなにか、全共闘とはなにか、前衛主義の否定とはなにか、スターリニズムとはなにか…。トロツキズムとはなにか。反スターリニズムとはなにか、トロツキズムとはなにか。なかなか難しい。ポストモダニズムとはなにか、構造主義とはなにか。ポスト構造主義とはなにか。私には説明し切ることはできない。それは明らかだ。
しかし同時に、フーコーというモチベーションを、あるいは、浅田彰というモチベーション、障害者運動というものを、アイデンティティ・ポリティクスを、68年を抜きにして把握することはまったくもって、完全に、不可能であろうし、それはデイビッド・グレーバーに置き換えてもいいだろう。ラカンを入れても、ドゥルーズを入れてもいい。ナンシー・フレイザーでも、カトリーヌ・マラブーでも、東浩紀でもそう言えると思う。
だからこそ、68年は現代史における重要なターニングポイントたり得たと我々は思うののだし、68年を特権化せず運動史総体を鳥瞰しようとする試みにも、では、だからこそ68年をマクロに見る必要があるという立論は強固に成り立つのだと思う。
68年というものを断絶の象徴と見るにせよ、その画期としての性格を評価するにせよ、それを知る必要はあるはずだ。そのうえでそれをどう評価し受け止めるかは無論個人の勝手であって、それは私にとってはどうでもいいことだ。(山口)
記:20250425
威勢よく、どうでもいいことだ、とか書いたが、どうでもよくないから、わざわざ貧乏しつつ研究をしているんでした。(山口)
さておき、レジュメをつくることにした。⇒ ①のレジュメ
記:20250803
威勢のいいことを書きすぎていたことに気が付いた。
とりあえず該当部のスキャンをした。案内文を出すことにする。
「68年…身体、社会」(https://colevi.jp/archives/1664)のページを結構増補できた。あと修正日を末尾に自動生成するコードを書いてみた。yyyy/mm/dd->yyyy/mm/dd->という風にしたが、同一年月の場合にはyyyy/mm/は省略とかにした方が見やすいかもしれない。
とりあえず第1回の調整さんを作る?ことにしたい。
■やりたいこと
- (山口)個人的には津村喬を読む会を開催したい。すくなくとも『われらの内なる差別』を精読することは重要なことだと思う。
- (山口)酒井隆史による『賢人と奴隷と馬鹿』所収の津村論(一九六八年と「事後の生(afterlives)」──津村喬『横議横行論』によせて)をその補助線にするのがよいと思う。
- (山口)あるいは、『自由論』と『賢人と奴隷と馬鹿』を読むのはよいと思う。津村喬を読むというのはややトピカルすぎる部分があるため。
- (山口)ドゥルーズやフーコー、ラカン、ブランショなど、〈68年〉との関係が深い哲学者・文学者の研究をしている院生がいるので、そうした人たちも混ぜて研究会がしたい。社会運動史と哲学から、横断的に〈68年〉を見ようとする研究会があってもよいはずだ。あるいは、フランクフルト学派、ポストモダニズム人類学(とその批判――たとえばD・グレーバー)、網野善彦…何を入れてもよいと思うが、関連する院生は実は多いと思う。
- (山口)仮に院生プロジェクトに出すとしても、研究会とは別に「読書会」などのプロジェクトとして出したい。研究会はプロジェクト(投企)だとは思えないため。
- (Mさん→)立岩真也 1994 『能力主義とどう付き合うか』(https://www.arsvi.com/ts/1994a06.htm)を課題図書に推薦。
- (山口)いくつか考えていた候補。
- ナンシー・フレイザーはきちんと読むべきだと思う。68年と、ネオリベラリズムをどう捉えるかという問題は、私はかなりきちんと理論的に抑えておきたい。
- 絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』(2003)は個人的にはずっと読んでいるが、研究会として読めるとよいと思う。
- 『1968年』を読んでもよいかもしれない。新書なので。
■備忘
20250421 かねてより企画をし、立ち上げを(周囲に)宣言していたこの研究会について、正式に立ち上げることを決めた。複数名に本ページを送付。
20250421-2 3名の入会あり。計4名になる。
20250422 1名入会あり。計5名。忘れないために(M,S,O,T、山口◎)。とりあえず個人宛にメールで送ろうか検討。MLで送ろうかとも思うがそれは保留。津村喬を読む、というので一つは良いと思う。というより、日本の〈68年〉と「現代」というテーマを考えるときに、津村を避けて通ることができないように、いまは、思える。
20250422-2 ほか1名にMさん経由で打診。まだメールは出していない。
20250423 「趣意」に着手。
あとMLを作った。 1968-to-gendai@googlegroups.com 趣意を少し書いた。
20250424
一年生が入会。もう二人にメールを打った。
20250425
幾名か入会。もう誰が入っているかいまいちわからないが。
20250424
一年生が入会。もう二人にメールを打った。20250425幾名か入会。もう誰が入っているかいまいちわからないが。
某イベントに参加。鴨川を歩いた。
20250514
なんかやる気が出てきた。学部生が入りたいとのことだった。
20250803
おそろしい出来事に巻き込まれており、何もできていなかった。
課題図書の該当部分をスキャンした。
投稿日:2025/04/21
修正日:2025/04/21 -> 2025/04/22 -> 2025/04/23 -> 2025/04/24 -> 2025/04/25 -> 2025/05/02 -> 2025/05/14 -> 2025/08/03