■経緯

「福島智君とともに歩む会」を母体として結成

「その10年前の1981年に、当時18歳だった私は全盲ろう者になった。私の大学進学を支援するために作られた「福島智君とともに歩む会」という市民グループが、後の協会発足の母体となったのである。」
◇福島智 2016 「「全国盲ろう者協会発足」(1991年)」, https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n419/n419001.html

■かかわった人

塩谷治(シオノヤ オサム)
小島純郎(コジマ スミロウ)

塩谷は福島の附属盲時代の担任(何年度かは分からない)
小島についてはarsvi.comに頁→http://www.arsvi.com/w/ks11.htm
立岩真也は千葉大学勤務時代に小島純郎が下の階に居た。そのあたりの話は↓
◇福島 智 i2018 インタビュー 2019/01/09 聞き手:立岩 真也 於:立命館大学衣笠キャンパス創思館4階・書庫

■メモ

このあたりの人脈も筑波技術短期大学設置反対闘争に関与?
福島智が附属盲に居たのは1970年代後半~?なので時期的には重ならないことはない

■文献

『指で聞く』

出版社内容情報

視聴覚二重障害者が大学を卒業したのは日本で初めてのことである。福島智君と彼の母親が発明した指点字をはじめ、様々な創意工夫ぶりを紹介する。

内容説明

高校2年生で失聴して以来、視覚も聴覚も閉ざされてしまった福島智君は、その後、授業にも日常生活にも創意工夫をこらし、一浪を経て見事、東京都立大学人文学部に合格した。彼は、両手の指を点字タイプの六つのキーに見たて、通訳者が点字を打つ要領で軽く指をたたくという「指点字」によってコミュニケーションをはかっている。ここでは、指点字をはじめ、様々な創意工夫ぶりを紹介する。

目次

第1章 盲ろう二重障害者となって(高校生活を中心に)
第2章 福島智君とともに歩む会
第3章 指点字と通訳
第4章 盲ろう者の現状と課題
第5章 福島智君とともに歩んで想うこと

投稿日:2022/12/06

修正日:2022/12/06