究極Q太郎

2022-12-05
■年表 1988年より障害者介助に関わる→cf. http://otegami.orchidclub.net/?eid=99116 ■引用 「福祉系?  Q7−福祉関係とかどうなんでしょう?あんたらもその関係やってたんでしょ? 神長−俺の場合でいうと自立「障害者」(施設や親元でなく、町でひとり暮らし等をする)の介助をしていたことがある。「障害者」の人の生活の手助けをするんだけど、飯つくったり、買い物一緒にいったりする。なんで選んだかっていうと、最初は僕の場合は条件が良かったからっていう(笑)。社会運動系の労働だったから、あんまり仕事っぽくないっていうのがあった。  介助料は行政から降りてるんだけど、誰かから雇われてるって感じがあんまりない。普通の仕事みたいに時間内により多く労働させようっていうプレッシャーもそんなになかった。 あと良かったのは、僕のやってたところは介助者会議が軸になってて、「障害者」と介助者会者が月一回集まって会議して問題点を出し合う。労働条件に関しても要望を言えるし、逆に「障害者」の側から介助の時間を延ばして欲しい等の要望もお互い話し合って、目に見える所で、[...]

会津泉

2022-12-02
■文献 ◇会津泉——Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%9A%E6%B4%A5%E6%B3%89 ■メモ 20221021 丹波さんZOOMにて。

福島智

2022-11-06
■桜色の風が咲く関連 日時:11月12日(土)12:00上映回  場所:シネ・リーブル神戸 登壇者:小雪さん、田中偉登(たけと)さん、福島智さん(東京大学教授)、福島令子さん、結城崇史プロデューサー https://ttcg.jp/cinelibre_kobe/topics/2022/10201316_20486.html 日時:11月13日(日)10:00上映回 場所:アップリンク京都 登壇者:田中偉登さん、結城崇史プロデューサー https://kyoto.uplink.co.jp/event/2022/10444

石橋 涼子

2022-11-03
■メモ 学問と闘争 最首塾——初代世話人 小児科医

五味正彦

2022-10-24
■文献 「また、個人の資料としては宇井純さん、鶴見良行さん、高畠通敏さん、五味正彦さんなどから頂いたものがあります」(p.189) ◇平野泉 2020 「市民社会の財産を守り、活かしていくために」, 社会運動史研究2.

高畠通敏

2022-10-24
■文献 「また、個人の資料としては宇井純さん、鶴見良行さん、高畠通敏さん、五味正彦さんなどから頂いたものがあります」(p.189) ◇平野泉 2020 「市民社会の財産を守り、活かしていくために」, 社会運動史研究2.

鶴見良行

2022-10-24
■文献 「また、個人の資料としては宇井純さん、鶴見良行さん、高畠通敏さん、五味正彦さんなどから頂いたものがあります」(p.189) ◇平野泉 2020 「市民社会の財産を守り、活かしていくために」, 社会運動史研究2.

高橋晄正

2022-10-17
■メモ 『「生命の制御」 ―その科学と倫理―』 宮城音弥、高橋晄正、渡辺格、松下寛、林基之などが出演している。このうちの渡辺格はおそらく、分子生物学者の渡辺格(わたなべ いたる、1916年9月27日-2007年3月23日)。 ■文献 高橋自身に関する研究として ◇松枝亜希子. (2014). 高橋晄正の薬効の科学的検証と 『薬のひろば』 の活動. Core Ethics, 10, 251-259. 一九六〇年代のくすりposted with ヨメレバ松枝亜希子 生活書院 2022年03月16日頃

森田曉

2022-10-16
■文献 「森田  ぼくはもともとSFファンだったものですから、開成の先輩が中心メンバーのひとりでもあった、「一の日会」っていう、渋谷の「カスミ」って喫茶店に一〇日にいっぺん集まるSFファンのサークルに参加してまして、そこに東大の人たちも来てました。東大SF研は全然、全共闘でもないし民青でもなくて、「東大闘争日和見同好会」とか自称してたぐらいで、運動には一切関わってない人たちです。だけどやっぱりそこに来てた日大の連中とかは、日大闘争が起きるとすぐ関わっていくんですよ。……テレビにもよく出てくる荒俣宏って人がいるでしょ。彼が幻想文学の雑誌をやってたんで、ぼくもそこに参加したんですが、荒俣さんが当時タッグを組んでたのが、Tさんという人で、彼は日大の文理学部だったかな。その後ちゃんと卒業して、さる出版社に行くんだけど、労働組合を結成して、結局やめちゃう。まだご存命だと思います。彼がまさに日大闘争が始まった時に日大にいた世代で、ウチの先輩なんかが、からかい記事で、なんだか大学にこもってて雑誌が全然出ないようだ、みたいなことを書いてたんですけど、そしたら「とんでもない。今はほんとに大変なんだ。暴力[...]

久保田好生

2022-10-07
■メモ 東京・水俣病を告発する会70年入学 関係する人 川本隆史川本輝夫

鈴木 善幸

2022-10-06
■メモ 1911年〈明治44年〉1月11日 - 2004年〈平成16年〉7月19日)は、日本の政治家。位階は正二位。勲等は大勲位——WikiPedia.

呉秀三

2022-10-02
■文献 ◇呉秀三 2012『我邦ニ於ケル精神病ニ関スル最近ノ施設』. ■組織 新潟脳病院

小島喜一

2022-10-02
■メモ 附属盲学校で物理を教えていた

広島 幹也

2022-09-30
■年表 1953年9月1日生。1972年3月新潟高校卒業。1973年4月明治大学政経学部入学。その後、政経学部自治会委員長、学生会中執副委員長を歴任学生運動の指導者として、様々な闘争を指導する1978年3月明治大学を除籍退学。学費の未納のため。1980年4月社会福祉法人更生慈仁会青松学園就職。1982年結婚。1989年反天皇闘争に参加。1995年7月CIL新潟(自立生活支援センター新潟)が設立。1996年青松学園退職1997年4月CIL新潟入植。2002年スペースBe、CIL新潟を母体として設立2006年スペースBe、「地域活動センター」として独立。2008年CIL新潟を退職。2010年・スペースBe、NPO法人スペースBeとして独立。・NPO法人スペースBe理事長に就任。2011年スペースBe、就労継続支援B型に移行。2012年6月20日死去。 ■メモ いつ高橋修さんに会った?

高橋修

2022-09-30
■引用 「★06 圓山里子が高橋に会ったのは 1994 年、東京都立大学の大学院に入学した年のことだったという。90 年代のCIL立川が出した報告書の類のほぼ全部に関わっていたはずだ。そしてそこで得たものは修士論文(圓山[1996])、論文(圓山[1997]に書かれている。また高橋は長岡市、圓山は新潟市、私は佐渡(両津市→現在佐渡市)の出身で、三人はCIL立川内新潟県人会を、なにもしなかったが、構成していることになっていた。」 ◇立岩真也 20220915 「集め収め示す」, 『遡航』 003. ■本HP内のページ ◇障害者運動史——新潟

佐藤美咲子

2022-09-19
■文献 https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/record/19871/files/No.200-2004_05.pdf ◇つくば市で自立生活 ◇「障害者の自立生活を実現する会」を立ち上げ 「  皆さん、はじめまして。 新入生の方、ご入学おめでとうございます。 私たち美咲子の会は、天久保2丁目で自立生活をしている佐藤 美咲子さんの支援団体です。  皆さんは、脳性まひという障害をご存知ですか? 脳の一部が原因で、体を自由に動かしにくくなるという障害です。 美咲子さんは、脳性まひによる寝たきりで、生活には24時間の介助が必要です。 しかし、体が動かないだけです。介助者がいれば、何でもできます! 最近では、機械を使って一人で電話やパソコンを操作できるようになりました。  昼間はつくば市のホームヘルパーを使っていますが、夜間や休日はヘルパーの派遣が保障されていないため、ボランティアと一緒に生活しています(楽しいですよ)。 自立生活を始めて、4年目に入りますが、まだまだ介助者が足りません。  会員は、学生を中心に約50名ほどで、そのほとんどが他のサークル等とかけもちをして[...]

上田薫

2022-09-10
■年表 1968年 名古屋大学文学部教授 1968年 名古屋大から東京教育大に 1969年 附属盲の校長に着任 ■メモ ★上田薫(うえだ かおる) 1920年5月17日生まれ、2019年10月1日に逝去。東京教育大学教授、立教大学教授、都留文科大学学長を務める。 乙訓稔 2011 「上田薫の社会科教育の理念」, 『実践女子大学生活科学部紀要』48:39-51. ■引用 「1968(昭和 43)年、上田は 5 月 1 日名古屋大学教育学部教授となるが、1 月後の 6 月 1 日に東京教育大学教育学部教授に転任。着任と同時に大学紛争が起こり、翌年には東京教育大学の筑波移転で紛争が激化するなかで、移転を巡り学長に公開書簡で抗議している。そうした間にも、教育学部付属盲学校の校長を務め、またエッセイ集『林間抄』を出版。1971(昭和 46)年、東京教育大学教育学部の付属高校の校長選考方法に抗議して教育学部教授会を退席して退官表明をするとともに、翌年東京教育大学教育学部を退官し、4 月から立教大学文学部教育学科の教授に転出した。」(p.41) ◇乙訓稔 2011 「上田薫の社会科教育の理念」, 『[...]