2025-04-20
先輩の引っ越しを手伝った。おもしろかった。しかし眠かった。 博論の作業はまあ進んではいる。すくなくとも思考は進んでいる。いまこのあたりでうまく落としておいたほうが良いと思う。ネオリベラリズムという補助線を引く、というアイデアを思いついた。で、それの大事なのはやはりフーコーであった。 小泉先生が『思想』(2019,vol.2所収「啓蒙と霊性」)に次のように書いていた。 「第一に,フーコーは,講義録『社会は防衛しなければならない』で,これまでの研究に「けり(terme)」をつけたいと語り出している.たしかに,これまでの仕事は「時代に適合」してきた.それは「従属化された知の蜂起」を促してもきた.言いかえるなら,種々の差別の告発の基礎となる知,主流派の言説に対抗する稗史でもあるような「歴史=政治的言説」を作り出してきた.しかし,とフーコーは続けて,そうした言説にしても「流通」し「再コード化」され「再植民地化」され,支配的な「知と権力」に「取り込まれている」と語るのである.つまり,それを新しい社会運動と呼んでもよいし市民運動と呼んでもよいが,反動期の(元)活動家たちの運動は,何ものかに取り込[...]